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内海ダム再開発事業認定処分取消請求訴訟-訴状 |
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訴 状
2009(平成21)年6月30日
高松地方裁判所民事部 御中
内海ダム再開発事業認定処分取消請求事件
請 求 の 趣 旨
1 四国地方整備局長が平成21年2月6日付をもってした、二級河川別当川水系別当川内海ダム再開発工事並びにこれに伴う県道及び町道付替工事に係る事業認定処分を取り消す。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
との判決を求める。
請 求 の 原 因
はじめに
本件内海ダム再開発工事は、その事業目的である「治水」「利水」のいずれの面においても全く合理的な理由・根拠がないばかりか、瀬戸内海国立公園の名称寒霞渓の景観を含む豊かな自然環境を破壊するものであり、さらに地震によるダム決壊等下流地区の安全性にも重大な危険性をもたらすものである。原告らは土地収用対象土地の地権者・墓地使用権者及び対象土地上の立木所有者として、本件事業認定処分は土地収用法第20条3号に違反する違法なものであり、その取消を求めるものである。
第1 内海ダム再開発工事と土地収用法に基づく事業認定処分
1 「二級河川別当川水系別当川内海ダム再開発工事並びにこれに伴う県道及び町道付替工事」(以下「内海ダム再開発工事」と略す)とは、以下の工事である。
香川県小豆島のほぼ中央部に寒霞渓(標高671メートル)があり、この寒霞渓南面を源流にして南下し、内海湾に注ぐ二級河川が別当川(全長約4キロメートル)である。その別当川の河口から約2キロメートル上流に、現在の内海ダムがある。これは昭和34年に完成した多目的ダム(治水・上水)で、型式はコンクリート・土石混合堤で、堤高21メートル・堤頂長143メートル・総貯水容量14万㎥の小規模なものである。
今回の内海ダム再開発工事は、現在の内海ダムのすぐ下流に、堤高約42メートル・堤頂長約447メートル・総貯水容量106万㎥の新しい重力式コンクリートダムを建設しようというものである。工事費総額は185億円とされている。この計画の目的は洪水調節(治水)・水道用水の確保(利水)・流水の正常な機能の維持とされている。(以上「別当川総合開発事業内海ダム再開発」甲A第1号証)
この内海ダム再開発工事の経過は、後掲の「これまでの経過」記載のとおりである。
2 上記内海ダム再開発工事については、平成20年3月19日に、起業者である香川県知事・小豆島町長から国土交通省四国地方整備局長あてに土地収用法に基づく事業認定申請が出され(「事業認定申請書」甲A第2号証)、平成21年2月6日付で本件事業認定処分が下された(「官報」甲A第3号証)。
第2 原告ら(略)
第3 土地収用法第20条3号該当性判断基準
本件事業認定処分は土地収用法第20条3号に違反する違法な処分である。
一般に、土地収用法第20条3号の「事業計画が土地の適正かつ合理的な利用に寄与するものであること」という要件は、いわゆる「日光太郎杉事件」に関する東京高裁昭和48年7月13日判決によって、以下の通り判示されている。
「 その土地が事業の用に供されることによって得られるべき公共の利益と、その土地が事業に供されることによって失われる利益(この利益は私的なもののみならず、時としては公共の利益も含む)とを比較した結果前者が後者に優越するもの認められる場合に存在する」
そしてその判断にあたっては、以下の要素の総合判断が必要であるとされている。
「 本件事業認定にかかる事業計画の内容、右事業計画が達成されることによってもたらされる公共の利益、右事業計画策定及び本件事業認定に至るまでの経緯、右事業計画において収用の対象とされる本件土地の状況、その有する私的公共的価値等の諸要素、諸価値の比較衡量」
本件は、上記の観点で見たとき、以下に述べるとおりおよそ土地収用法第20条3号の「事業計画が土地の適正かつ合理的な利用に寄与するものであること」という要件を満たすものではない。
第4 内海ダム再開発工事における「治水」目的の問題点
1 別当川における治水対策の必要性への疑問
(1) 過去の災害
現在の内海ダムは、昭和31年に完成し、昭和34年に治水機能も併せ持つ多目的ダムとして改築された。しかし、改築後においても別当川河岸の決壊、氾濫は繰り返し発生し、昭和49年の台風8号の豪雨被害は浸水家屋538戸、浸水面積71.3ha、被害総額約5億7000万円、昭和51年の台風17号による豪雨被害に至っては、浸水家屋721戸、浸水面積48.4ha、被害総額約21億円にも及んだ。
現在持ち上がっている内海ダムの再開発は、過去において特に甚大な被害をもたらした昭和51年の台風17号による既往最大洪水と同規模の洪水等から別当川流域を防御することを、その目的の一つの柱に据えている。
(2) 別当川の治水能力
以上のとおり、起業者は、本件内海ダムの再開発計画において、昭和51年の台風17号のときと同規模の洪水を基準にしているが、同台風による被害の主原因は別当川流域の他の河川(支川である西城川、隣接する片城川、本堂川)の氾濫や土石流にあったのであり、別当川の氾濫、決壊が上記被害発生に与えた影響というのは、ごくわずかなものであった。流域における浸水被害の発生と別当川の氾濫との間には直接の因果関係はない。
起業者は、台風17号による甚大な被害の主原因の一つに別当川の氾濫、決壊を数え、それを前提として本件の再開発計画について論じている。
しかし、かかる起業者のたつ前提自体、過去の台風被害の実態を歪曲したものに他ならならないのである。
国立防災科学技術センターがまとめた「1976年台風17号による兵庫県一宮町福知抜山地すべり、及び香川県小豆島の災害調査報告」によれば、同台風による「床上、床下浸水は主に池田大川、安田大川のはん濫が原因である」旨記録されており、別当川がその被害の主原因としては記録されていない(同報告15頁)。
したがって、同台風の全体的な被害統計をもとにして、被害原因の一因にしか過ぎない別当川の治水対策の基準を考えるのは、その前提自体に誤りがある。
2 計画案基礎データの妥当性への疑問
(1) 起業者の依拠する計画案基礎データ
別当川水系河川整備計画による治水対策は、「香川県による別当川の流下能力の計算結果」や「不等流計算による別当川の計算水位と現況堤防高との差(計画高水流量が流下した場合)」のデータをもとに検討・策定されたものとされている。
それによれば、別当川の計算流量は130立方メートル/秒、基本高水流量は新内海ダム地点で130立方メートル/秒、寒霞渓橋地点で185立方メートル/秒、別当大橋地点で235立方メートル/秒とされている。
(2) 別当川流下能力過小評価に対する疑問
しかし、「香川県による別当川の流下能力の計算結果」には以下のような疑問が残り、起業者からの合理的な説明が得られずにいる。
上記の計算結果は、その大半の区間を同じ河道断面と勾配が続く場合を前提とした等流計算の方法に基づき流下能力を計算している。
しかし、かかる等流計算は、区間ごとに河道断面や勾配が異なる実際の河川には当てはまらない。
現在では不等流計算に基づき流下能力の計算を行うのが実務の主流となっており、そもそも起業者の採用している計算方法自体に問題があると言わざるを得ない。(内海ダム再開発の問題点)
(3) 別当川基本高水流量の過大評価に対する疑問
起業者は計算流量を130立方メートル/秒と設定しているが、別当川の実績最大流量は97立方メートル/秒とされている。
起業者の計算流量は、実績最大流量と比較して3割以上の乖離があることになり、本件再開発案は、実績流量から大きくかけ離れた架空の流量がもとになっているのである。起業者は、ダム再開発案を正当化する目的で、基本高水流量が高く設定されるように過大評価しているのである。
実績最大流量から適正に判断して割り出された計算流量をもとにすれば、基本高水流量が下方修正され、ひいては、河川改修のみでその流量に対応することが可能との結論を導くことができるはずである。そして、内海ダム再開発の必要性自体の根拠を欠くことにもなる。
3 新内海ダムの安全性への疑問
(1) ダム真下に走る断層の存在
内海ダムの堰堤の真下1番深い部分には、別当川を挟むように3つの断層が走っている。
香川大学斉藤実教授によれば、「地殻発達史では、幼年、壮年、老年という各段階があり、地滑り、山崩れ、土石流などを経て、大地はその終末地形へと収まっていく。・・・小豆島の土地はまだまだ活発期にあると言える。」ということである。
したがって、起業者が主張するような断層の安全性については全く保証はない。
さらに、今後30年以内の間に、40から50%程度の確率で発生することが予測されている(政府の地震調査委員会)南海地震や東南海地震の発生により、ダム敷近傍の断層がずれるという危険性をも孕んでいる。
この点、起業者は、文献調査等の結果、ダム敷近傍に活断層は確認されていない、また地震対策については河川管理施設等構造令に基づく耐震設計を行っているため安全性に問題はない旨の説明を行っている。
しかし、起業者の説明は断層についての一般論に終始し、内海ダム敷近傍の調査を行ったというのであれば、その調査結果に基づく具体的な説明がなされてしかるべきところ、これまで前記審査請求人の不安が解消されるような説明がなされるには至っていない。
(2) 山を跨ぐ巨大変形堰堤の安全性への疑問
新内海ダムの堰堤は、その中間地点に山を跨いで設計される構造となっており、堰堤の各部分に対して重量が不均等にかかる構造となっている。その結果、重量が集中してかかる部分が弱くなり、その部分からの堰堤決壊のおそれが考えられるのである。
かかる変形堰堤は全世界においても前例を見ず、その安全性についての実証もなされていない。
その上、堤長447メートルという巨大な堰堤であることからも、ダム決壊による危険性、その被害規模は計り知れないものがある。
(3) 堆積地質による地盤沈下や地滑りのおそれ
内海ダム周辺の地質は堆積地質によるものであることから、相当程度高い確率で発生が予測されている南海・東南海地震の際、その地盤の軟弱さにより地盤沈下、地滑り及びダム決壊の危険性がある。
(4) 住家との近接性
ダム直下の下流域には、ダムの堰堤からわずか数百メートルしか離れていない距離に民家が密集しており、約3000人が居住している。
このことからすれば、ダム決壊による二次災害の甚大さ、人命への現実的な危険性がある。
4 他の代替案検討への疑問
(1) 他の代替案の検討
起業者側は、内海ダム再開発案以外に、河道改修案、遊水地案の他の代替案を検討している。
そして、計画実現のために支障となる人家等への影響、工事に伴う交通規制等により住民の日常生活に及ぶ利便性への影響、事業費等の費用面からみて、内海ダム再開発案が最も優れていると結論付けている。
しかし、以下のとおり、起業者側の検討過程については多くの疑問が残されている。
(2) 概算事業費の比較
ア 起業者側の主張
河道改修案については、概算事業費は河道改修費約101億円、ダム改修費約94億円の合計約195億円を要するとして、ダム再開発案の方が廉価で済むと結論付けている。
イ 算出根拠への疑問
前述第2の2の部分で検討したとおり、起業者側が計画立案において依拠している基準となるデータ値自体、合理的根拠に基づかないものである。すなわち、起業者が主張する内海ダム再開発案及び河道改修案の概算事業費は、過小評価された別当川流下能力及び過大評価された基本高水流量に基づき割り出された計画案を前提として算出されている。
しかし、それらの基準となるデータ値自体を見直せば、河道改修案の概算事業費約195億円は確実に下方修正され、起業者側の出した、内海ダム再開発案(申請案)の方が「事業費が最も廉価」との結論自体が覆されることになる。
また、申立人側は、河道改修案の概算事業費約195億円の具体的な算出根拠やその中にダムの改修費が94億円計上されていることの根拠を起業者側に対して明示するよう要求しているが、起業者側からはその合理的根拠が十分に説明されるには至っていない。
(3) 人家等への影響の比較
ア 起業者側の主張
河道改修案については、家屋移転数が約70戸必要となり、地域への影響を考慮すると現実的ではないと結論付けている。
イ 検討の不十分性
起業者の前提とする河道修正案は、河道約1200メートルの区間を河床掘削及び両岸を等勾配で引堤して河道を川幅約27メートルに拡幅(現在の川幅約14メートル)する工事を行うという内容である。
しかし、改修予定地域における住家の位置や地形的状況等に応じて、各区間ごとに両岸の勾配を現行勾配に近づける等の工夫により、家屋移転数が最小限度に止まるよう河道を設計することは十分可能である。
その結果、家屋移転数は約半分程度にまで抑えられることが見込まれる。
比較検討の対象とすべきは、実際に行われた場合を想定して、家屋移転数が最小限度に止まる検討がなされた案であるべきところ、起業者の検討対象としている河道改修案は、単に全流域において一律の改修工事を行うことを前提とするものであり、現実的とはいえない。
そうである以上、起業者の比較検討は不十分であり、起業者側が指摘する河道修正案の人家等への影響については、内海ダム再開発案が河道修正案よりも優れていることを根拠付ける理由とはならない。
(4) 過去の災害例に基づく有効な治水対策の検討
2004年台風16号における下流域と沿岸域での浸水被害は高潮と重なったことにより生じたものである。別当川水系の治水対策においては、高潮が同時に発生したときのことを想定した対策こそが必要なのである。そのための対策としては、別当川下流域等の河道改修工事が最も有用である。
また、将来予測されている南海・東南海大地震の発生による地震被害、高潮・津波被害に対する対策の方が急務であるといえる。
第5 内海ダム再開発工事における「利水」目的の問題点
1 事業認定告示において示された利水面での必要性
告示において、昭和60年・61年・平成3年・平成6年・平成7年・平成8年等、しばしば深刻な水不足に見舞われているとする。また、平成18年度では1日最大9,906立米を供給しているが、上水道用水として安定的な取水が可能な安定水源からの供給量は8,886立米にすぎないとする。さらに簡易水道について、浄水施設の老朽化に伴う維持管理コストが増加傾向にあることなどから上水道へ統合することとしており、このため、上水道の需要量は、平成24年度で1日最大10,103立米となることが見込まれるとする。
このため、平成24年度の当該地域における上水道の需要量を10,103立米とし、これに対して、10年に1回程度発生する規模の渇水時においても安定的に需要量を確保することが可能となるよう考慮して新たに取水量1,000立米(供給量950立米)を確保するとされている。
2 吉田ダムの建設により水不足は解消されたこと
しかしながら告示において指摘のある水不足は既に解消されている。
平成9年3月に吉田ダムが完成した。それに伴い、小豆島における多目的ダムの有効貯水量は144.5万トンから354.5万トンに、上水道容量は52.3万トンから115.3万トンに増加した。その後は取水制限、給水制限がなされたことはなく、水不足となる事態は発生していない。
なお、平成12年度、平成14年度に小豆3町において渇水対策本部が設置されたことはあるが、その際、給水制限がなされたことはない。給水制限がなされるなどして、観光産業や工業に何らかの影響が出たなどというデータは全くない。吉田ダムが完成した平成9年3月から、現在に至るまで、12年にわたって水不足となった事実はないのであるから、告示の理由で示されている「10年に1度の渇水」に対応するという点も理由がない。むしろ、香川県内の他の地域においては、平成12年、14年以外にも給水制限が多数回行われたのであり、そのような状況下においても小豆島では非常に安定して水が供給されていたことが明らかである。
3 上水道の需要量の算定根拠がないこと
告示にある水道の需要量について、合理的な算定根拠は全く示されていない。
まず、平成18年度に1日最大9,906立米が供給されたというが、この最大量が必要とされた日は平成18年度において1日のみであろう。その他の日においてどれだけの量が供給されたのかのデータが明らかにされていない。9,906立米という数字が特定の日に突出したものであったとしたら、その1日だけをカバーするためにダムが必要だという立論になるが、それは成り立たない。
また、上水道の需要量が平成24年度で1日最大10,103立米になるという点もまったく根拠がない。当該地域においては人口は減少傾向にあり、上水道の需要量が増加することが見込まれるデータはない。
香川県が住民に配布した「内海ダム再開発 日頃の疑問にお答えするQ&A」と題するパンフレット7ページにおいて、「また、水需要の将来予測においても、給水人口は減少傾向となっていますが、核家族化による世帯数の増加や生活様式の多様化により、今後も水需要は減少することはなく、微増していくと予想されています。」と記載されており、人口が減少傾向にあることを前提としている。生活様式の多様化についても指摘があるが、全自動洗濯機や食器洗浄機などの普及に伴い、需要量はむしろ減少していくことが見込まれることは明らかである。
また、この時点では、パンフレットに簡易水道を上水道へ統合するという論点は全く記載されていない。少なくとも、簡易水道に関する点はこのパンフレット配布時以降に捻出された理由である。仮に増加分がこの簡易水道の統合によるというのであれば、その維持管理コストがダム建設コストと比べて特に高額であるなどの理由が示されなければならないが、簡易水道の維持管理コストについては全く示されていない。
香川県小豆総合事務所開発課管理の「内海ダム再開発ニュース」と題するウェブページにおいても、算定根拠は示されていない。質問に対する回答はこのような状態であり、何らの対応もなかったと言っていい。
【利水】
利水については、実際の小豆島町における水使用量記録の開示を再三求めてまいりましたが、いまだに開示されておらず、検証できません。早急な開示をお願いいたします。
(町の考え方)
合併後の小豆島町の条例に基づいて対応していきたいと考えています。
このように、利水の面においてもっとも根本となる、上水道の需要量についての検討が全く非合理的であることは明白である。
4 地下水(井戸水)への悪影響
別当川流域の多くの家庭では井戸を持っており、井戸水を利用している。小豆島の重要な産業である醤油醸造業においても、井戸から天然水を採取して製造を行っている会社が多くある。
これが、新内海ダム建設によって大規模工事がなされ、また、別当川流域に流れるはずの多くの水がダムに貯留された場合、地下水の水脈にどのような影響を与えるかについて全く検討されていない。ダムができたことで井戸水が出なくなったり水質が大きく変化するといった影響が十分に予想されるところである。
仮にそうなれば、例えば、天然水から作っている醤油であることを売りにしている醸造業者も多くあるが、それらの業者ではこれまでのような醸造ができなくなってしまい、致命的な打撃を受ける可能性が高い。これはあくまで一例であり、料理に天然水を使っている料亭や旅館等、観光産業に与える影響も計り知れない。
5 申請事業を早期に施工する必要性がないこと
告示において、申請事業を早期に施工する必要性として、「しばしば渇水に見舞われ、既得用水の安定的な取水や動植物の生息・生育環境等に大きな影響を及ぼしていること、小豆島町では今後も水道水源が不足することが見込まれていること」などから、「渇水時における流水の正常な機能の維持及び小豆島町における水道用水の確保」が必要であるとされている。
しかし、水道用水の確保の必要性がないことは既に述べたとおりである。少なくとも、水不足が実際に生じておらず、今後上水道の需要量が増加していく根拠となる具体的なデータも示されていない。
また、動植物の生息・生育環境の点については、ダムによる流水の確保で具体的にどういった種類の動植物についてプラスになるのかが全く検討されていない。むしろ、ダム貯水池における濁水、富栄養化に対する具体的なデータが出されておらず、それがその動植物にどのような影響を与えるかの検討がなされていない。このような段階で強行すべきほどに、早期に事業を行う必要性は到底見受けられない。
第6 寒霞渓の自然・文化環境の破壊
1 土地収用法第20条3号の要件を検討するにあたっては、当該対象地区の環境的価値が十分に考慮されなければならない。
すなわち、まず前述した「日光太郎杉事件」東京高裁判決において、次のとおり判示されている。
「 土地収用法第20条3号所定の要件を満たすものと判断するためには、単に本件計画が前記のとおり本件国道119号線及び120号線の交通量増加に対処することを目的とする点に合理性を有するというだけでは足りず、それに加えて、本件改革がどうしてもそれによらざるを得ないと判断しうるだけの必要性、換言すれば、本件土地付近の有する前記のような景観、風致、文化的諸価値を犠牲にしてもなお本件計画を実施しなれればならない必要性、ないし環境の荒廃、破壊をかえりみず右計画を強行しなければならない必要性があることが肯定されなければならないというべきである。けだし、前記のようなかけがえのない景観、風致、文化的諸価値ない環境の保全の要請は、国民が健康で文化的な生活を営む条件にかかわるものとして、行政の上においても、最大限度に尊重されるべきものであるからである。」
また1997(平成9)年の改正により、河川法の目的規定(第1条)に、従来の治水・利水目的に加えて、「河川環境の整備と保全」が規定された。これは河川においてダム建設等の公共事業を行うにあたって、まず何よりも河川環境の整備保全が優先されなければならないことを定めたものであり、その「河川環境」には、自然環境と共に、景観や古くからの河川利用といった文化的環境も当然のこととして含まれるものである。
以下、これらの観点から本件内海ダム再開発計画対象地区の環境的価値について検討する。
2 本件内海ダム再開発計画は、寒霞渓の麓に、新内海ダムを建設するため、小豆島の豊な自然溢れる山々を切り開き自然を改変し、四国最大の高知県吉野川水系早明浦ダム(堤頂長400メートル)よりも長い447メートルもの堰堤をもつ巨大なコンクリート壁を出現させるものである。
このような巨大な人工物を建設することは、寒霞渓の自然性の高い優れた自然景観を破壊することは言うまでもなく、巨大な壁によって自然環境を分断することによって、そこに自生する動植物に多大な影響を及ぼすことも想像に難くない。
起業者は、景観への配慮を行い、動植物への影響についても適切な措置を講じるとしているが、いずれも不十分なものであり、納得のできる説明もなされていない。
3 寒霞渓の自然環境
(1) 寒霞渓は、小豆島の中央部に位置する渓谷で、日本三大奇勝の一つとされている(他に大分県耶馬渓・群馬県妙義山)。その渓谷は、花崗岩を基盤に再三の火山活動で噴出した安山岩並びに堆積による安山岩質の集塊岩及び凝灰角磔岩から構成された山地であり、長年にわたる差別浸食によってできた奇岩、絶壁と深い渓谷は表十二景、裏八景として名勝に指定されている。又、昭和58年には森林文化協会と朝日新聞社が制定した「21世紀に残したい日本の自然100選」に選ばれている。
さらに、寒霞渓は、瀬戸内海国立公園区域に含まれており、同公園を代表する景勝地としてとしても名高い。
(2) 寒霞渓の植生としては、アラカシ、ウラジロガシ、アカガシ等の常緑樹及びカエデ類、アカシデ、ヤマボウシ、コナラ等の落葉樹がみられ、秋には見事な紅葉美を見せる。
また、大陸系遺存種のイワシデ林、固有種のショウドシマレンギョウ、カンカケイニラ等、貴重な植物も少なくない。
(3) このような優れた自然景観及び貴重な植物を有する寒霞渓の渓谷及び植生については、瀬戸内海国立公園(香川県地域)の管理計画において保全の対象とされており、第1種特別地域、第2種特別地域に指定されている。
そのため、「香川県において、最も自然性の高い優れた自然景観を有していることから、地形、植生等現景観を維持する。このため、歩道以外への立ち入り制限について関係者と協議し、必要な対策を講じる。」との取扱いがなされ適切に保全管理がなされているところである。
4 起業者の景観対策への疑問
(1) 起業者は、周辺地域の自然景観と調和のとれた事業を行うため、「内海ダム景観検討委員会」での検討を踏まえ、ダム堤体下流の盛土部への植樹によりコンクリート面の露出を抑えること、付替道路工事による採掘法面の緑化を実施することなどにより景観への配慮を行うこととしている。
(2) しかし、「内海ダム景観検討委員会」での景観の検討は、そのほとんどが下流からの眺望についてとなっており、寒霞渓の展望台からの眺めとしての寒霞渓の自然や瀬戸内海の美しい景観に与える影響についてはほとんど検討が行われていない。
寒霞渓の展望台からわずかのところに447メートルもの堰堤をもつ巨大なコンクリート壁が出現することにより、展望台からの美しい景観が根本的に破壊されることは明らかであるのであるから、これに対する対策を検討すべきであるにもかかわらず、検討委員会では検討されておらず、起業者の事業計画においても寒霞渓からの景観への配慮はなされていない。
起業者は、寒霞渓山頂付近からの完成予想イメージとして、ダムに水が一杯に貯まった写真を用いているが、新内海ダムは、平常時はその総貯水容量の50%以下の貯水量を予定しており、現在の内海ダムの貯水量の状況からしても、新内海ダムに完成予想イメージほどの水が貯まることは考えられず、現実には、まさに巨大なコンクリートの壁が出現することになってしまうはずである。
そのような巨大な壁が寒霞渓の景観を破壊することは明らかである。
(3) 下流からの眺望についても、起業者は、ダム堤体下流の盛土部への植樹によりコンクリート面の露出を抑えることによって景観に配慮するとしている。
しかし、どれだけ取り繕うとも寒霞渓の現状を変えて幅447メートルもの巨大な人工物が寒霞渓の麓に横たわることに変わりはない。
寒霞渓の美しさは、再三の火山活動で噴出した安山岩等が長年にわたる差別浸食によってゆっくりとした時間のなかで形成された奇岩、絶壁と深い渓谷による自然の造形美である。
このような自然の造形美の中に、巨大な人工物を作出すること自体、景観を台無しにするものであり、たとえコンクリート面の露出を抑えようとも、寒霞渓の景観を破壊することに違いはないのである。
(4) このような新内海ダム建設による寒霞渓の景観の破壊は、小豆島の観光業にとって大きな不利益をもたらすものである。
すなわち、多くの観光客が、寒霞渓の自然の造形美を楽しみに小豆島を訪れるであろうが、新内海ダムが建設され、豊な自然のなかに巨大なコンクリート壁が露わになっている景色を見た観光客らは、一様に失望し、それによって寒霞渓の悪評が広まることになってしまう。
そうなれば、もはや小豆島の観光業は立ち行かなくなるほどの壊滅的な打撃を受けることになろう。
(5) また、豊かな自然環境は、小豆島や香川県に住む人にとってのものだけではなく、広く人類が享有すべき財産である。また、現在を生きている我々だけではなく、子供たちや子孫に残すべき宝ともいうべきものである。
寒霞渓を中心とする東瀬戸内海が昭和9年に国立公園の全国第1号として指定されたのは、その豊かで美しい自然環境ゆえである。そのため国立公園管理計画において、「現景観を維持する」とされているのである。当然、現景観には、寒霞渓からの瀬戸内海の眺望も含まれるはずである。
それにもかかわらず、その特別地域のすぐそばに、巨大なコンクリートの壁を創出し、その景観を破壊することは、国がこの地域を国立公園として指定した趣旨にも反する暴挙としか言いようがない。
(6) 新内海ダムの建設により、失われる景観美や豊な自然は、本来失われてはならないものであり、どのような配慮がなされようとも、それによって失われる利益は甚大である。
5 動植物への対応の疑問
(1) 起業者の調査では、調査区域において香川県レッドデータブックに絶滅危惧Ⅰ種として掲載されている動植物10種、絶滅危惧Ⅱ種として掲載されている動植物18種の存在が確認されており、本件事業地内の土地においても、環境省レッドリスト又は香川県レッドデータブックに絶滅危惧Ⅰ種・Ⅱ種として掲載されている植物2種が確認されている。
起業者は、これらについて移植などの適切な措置を講じることとし、移植後もモニタリング調査を実施し、必要に応じて、専門家の指導、助言のもと適切な措置を講ずるとしている。
(2) しかし、移植が必要な植物の量(本数)などのデータが示されていないばかりか、どのように保全していくのか具体的に明らかにされていない。
動植物は一旦絶滅してしまったら、二度と蘇らせることはできない。少なくとも絶滅が危惧されている植物が2種確認されているのであれば、起業者は、絶滅をさせないためにどうするのか十分に説明すべきである。
単に適切な措置を講じるとしているというのでは不十分であるし、本件事業により絶滅することとなってしまえば、その失われる利益は極めて大きいものである。
6 小活
事業認定者は、本件事業の施行により失われる利益は、軽微であると認定している。
しかし、寒霞渓は小豆島有数の観光名所であり、そのすばらしい景観や自然環境は小豆島にとってかけがえのないものである。ところが、巨大な新内海ダムが建設されて景観が害され、その悪評が広まれば、観光産業に対する打撃は決定的なものになりうる。その上、一度破壊されてしまった景観は取り戻すことはできず、絶滅してしまった動植物を蘇らせることも不可能であり、この被害は永久に続くことになってしまうのである。
寒霞渓のすばらしい景観や豊かな自然環境は、小豆島や香川県に住む人にとってのものだけではなく、広く人類が享有すべき財産である。また、現在を生きている我々だけではなく、未来の子供へと残さなければならない宝でもある。それが破壊されることによる失われる利益は極めて大きなものであり、決して軽微なものではない。
第7 結論
以上の検討から明らかなとおり、本件内海ダム再開発工事は、治水・利水の事業目的自体に合理的な必要性を欠くものであって、前記「日光太郎杉事件」東京高裁判決で示された「事業計画の内容」自体に多大な問題があり、したがって「事業計画が達成されることによってもたらされるべき公共の利益」に疑問がある。したがって、本件事業には寒霞渓を中心としたかけがえのない自然・文化環境を犠牲にしてまで強行しなければならない必要性は、全く存在しない。
それゆえ本件内海ダム再開発工事は、土地収用法第20条3号の「事業計画が土地の適正かつ合理的な利用に寄与するものであること」という要件を具備しておらず、同条に違反することは明らかであり、事業認定処分は取り消されなければならない。
第8 その他
本件事業認定処分については、2009(平成21)年3月2日、原告らのうち土地所有者並びに墓地使用権者から国土交通大臣宛に、行政不服審査法にもとづく審査請求が出され、現在係争中である。
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